心霊スポット 怖い話 京都

京都の借家での、一時的な家電故障にまつわる不思議な話

今は2軒の家が建つその土地に、
以前建っていた広くてものすごく古いの戸建てを借りたときの話です。

 

当時私たちは京都市の端に住んでいて、
家の改修のために数ヶ月その家を借りていました。

 

微妙に交通の便の悪い、
市の端に実家があったこともあり、
家族それぞれで職場に近い部屋を借りてもいいんじゃないかという案もあったのですが、
結局家族5人で自宅傍で借りられる借家が見つかった、
という父の言葉でその家を借りることになりました。

 

引越しの数日前、
のんびりとした私たちはそのとき初めてその借家を見ました。

 

車庫にルーフもあり、
庭はほどよく広く芝生が敷かれていて、庭木もそこそこ手入れされていました。

 

ただ、外から見える、2階の窓の外にある木製の、
ベランダなのか飾りなのかわからないものが崩れかけているのははっきりとわかりました。

 

そんな感じの、見るからに古い家でしたのでこのときは心が引き気味でした。

 

しかし外観からの想像とは違って、
中に入るとそこそこ壁も床も綺麗で、
広さのある部屋がそこそこの数あるのが気に入りました。

 

妹や母は水場が古いと嫌がっていましたが、
古いけれど汚くはなく、勝手口が多少ゆがんでいることと
洗濯機からの排水をお風呂の床に流さなければ排水されない、
という以外は不便もなく、私たち兄弟と父は気になりませんでした。

 

何より、なかなか車2台入れらて部屋数の多い借家でこの金額はない、
という父の強いプッシュに誰も逆らえませんでした。

 

その内見の場で、
兄弟がふと和室の天袋の中に見えている神棚を見つけました。

 

「何あれ、忘れ物?」と。

 

それを聞いてよくよく周りを見てみると、
あちこちの柱に茶色になっているほど汚れているのか、
古いのか、のお札が貼ってあるのに気づきました。

 

そこで内見を案内してくれていた営業の男性に、
あれらは何なのか、ということを聞きましたが
営業の男性もそれについてはまったく知らないようで、
「もし気になるなら持って帰りますよ。」と仰ったので
じゃあよろしく、と頼みました。

 

結局そのことを私は引越しの当日まで忘れていたのですが、
兄弟はしっかりと点袋の神棚とお札を確認しに行き、
「なくなってた。」とほっとしていました。

 

今になって時折そのときの事を兄弟と話すのは、
あれがよくなかったのかな、という話ばかりです。

 

あの神棚の撤去がいけなかったのか、汚れきったお札の撤去が悪かったのか、と。

 

その数日後からテレビと掃除機が、勝手にオンオフするようになりました。

 

初めはテレビからだったので、
近所の住人のリモコンを受信してしまっているんだろうとか
鉄塔がそこそこ近くにあったので、なんらかの電波あたりじゃないの、
などと家族で笑っていました。

 

しかしさすがに掃除機となると、わけがわからず。

 

コンセントを抜いておけばいいだけの話なのですが、音が大きなだけに驚きました。

 

さらに数日後、今度は妹と兄弟が、私は夢じゃないのかと思うのですが
部屋の中に何かがいるとか、夜中に腹の上にものすごく重いものが乗ってきたとか、
キッチンでボウルの中に張っている水を誰かが無茶苦茶にかき回していた、などといい始め、
実際父親がそのたびに夜中に何度も起こされることとなりました。

 

私はぐっすり眠っていたので翌朝にその話を聞きました。

 

それでも結局、改修期間の数ヶ月5人でそこで過ごし、
改修の終了とほぼ同時ほどに兄弟らの強い希望もあってすぐ自宅に戻りました。

 

これは兄弟には言っていないことですが、
実家に戻った後、掃除機は勝手にオンオフすることはなくなったのですが
テレビだけはしばらく勝手に点いたり消えたり、
いきなり大音量になったり消音になったり、を繰り返していました。

 

それもその借家の頃から毎日ではなかったので、
兄弟以外は特別それについてどう思うこともなく、
数ヶ月もするとそんな現象も収まりました。

 

「どんな家でも部屋でも、だいたい人は亡くなってるもんよ。」と父は兄弟に言いますが
大体の人はいまどき病院で亡くなるんじゃないかと思います。

 

が、怖がる兄弟の手前、そうそうと私も頷きます。

 

あの家で何があったのか結局営業の人から何も聞くこともなく、
自分たちの前にも借りていた人がいたと隣の人にも聞いていましたし
その数年後にたまたま前を通ってみると、その借家は壊され、その土地には既に2軒小さな家が並んで建っていたので
今も、あれは何だったんだろう、のままです。

 

何だったのかわからないとはいっても、
幽霊的な意味で暗闇や深夜を怖がる友人らをどこかさめた目で見ていた自分でしたが
「あるところにはあるのかもな」と今では考えるようになりました。

 

そしてもう「格安」という言葉に関わることに簡単には乗らないでおこう、と思っています。